ご近所のおばあさんが亡くなった。九十歳近かったと思う。
ぼくは彼女の顔一面に深く刻まれたシワと、
笑うと目がなくなるくらいの笑顔が好きで、
遠くから見かけるとスススと寄っていって挨拶をした。
機会があってお家に上がったときに、彼女が若かりし頃のことを聞いた。
日常的に話慣れていないみたいだったけど、
「聞かせて聞かせて」とねだると咄咄と話してくれた。
若かりし頃の家の間取りのことを尋ねると、
土間があって農耕牛がいて井戸があって...と沢山教えてくれた。
高齢の方とお話するときには質問を具体的にするといいと
いうことを教えてくれたのも彼女だった。
住んでいた家のことを媒介にすると、
当時の記憶が湧き出てくるということも教えてくれた。
彼女の口から語られる当時の暮らしからは
「家族総出で生きる」という姿勢がとても伝わってきた。
押し車をお共にいつも散歩されていて、
お会いする度に子どもたちを見て「可愛いなー可愛いなー」と言ってくれた。
そのときの彼女は仏様を拝んでいるようだな、と思った。
実際、そんな気分だったのかもしれない。
休日の散歩のわずかな時間だけだったけれど、
八歳、六歳、二歳になるぼくの子どもたち全員と
赤ん坊の頃からこの数年間でずっと会ってくれたわけだ。
会ってくれて良かったとも思うし、
ほんの少しでも彼女に何かしらを渡せたのならいいと思う。
それくらい、彼女の「可愛いなー可愛いなー」という言葉には、
美しいものを見る何かしらが宿っていた。
ぼくたちが誰かに何かを渡せるものは本当に少ないかもしれないけれど、
ぼくたちはそうやって誰かから何かを受け取り、また誰かに渡していく。