2012年12月25日火曜日

八百年前から歌っていること。


夢よ夢 夢てふ夢は夢の夢 浮世は夢の 夢ならぬ夢

何気なく開いたサイトの片隅の名言欄にこんな和歌が載ってた。
詠み手は小笠原長行で明治の辞世の句。
恥ずかしながら何を成した人か知らないけれど、
『ただ狂え』のように人は何百年も前から同じことを歌ってるんだと思った。
生きるって何だろうって。

*    *    *    *    *

何せうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂え

そういえばずっと気になっている詠み人しらずのこの歌は
室町時代の『閑吟集』によるそうなのですが(読んだことがない)、
その序文がまた素晴らしかったです。
以下紹介サイト『風薫る道』から。

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(引用始)
編者は序文で自らを「ここに一狂客あり」といい、本名を明かしていません。
この序文がまた美しい。
「小歌の作りたる、独り人の物にあらざるや明らけし。
風行き雨施すは、天地の小歌なり。
流水の淙々たる、落葉の索々たる、万物の小歌なり」
「命にまかせ、時しも秋の蛍に語らひて、月をしるべに記すことしかり」
(引用終)
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自分と世界とをフラットに捉えている八百年前の日本人に
今のぼくがとても共感するのが不思議でもあり、心地よかったり。
歌と風や水や落葉は同じものだという視点をもつ編者、
小さな世界にとどまることなく「狂え」という振り切った表現にたどり着く詠み手。
どちらも素晴らしい。

十二月二十一日にネオンホールでおおはた雄一さんのライブがあり、
とっても素晴らしかったのですが、
おおはたさんのライブでぼくがいつも密かに楽しみにしている曲が
かまやつひろしの『ゴロワーズを吸ったことがあるかい』です。

この曲は本当にかっこよくて
かまやつひろしもおおはたさんもどちらも素晴らしいのですが、
今日たまたま『閑吟集』について考えているときに
そういえばと『ゴロワーズを吸ったことがあるかい』の歌詞を思い出しました。

こんな歌詞です。

君はたとえそれがすごく小さな事でも
何かにこったり狂ったりした事があるかい
たとえばそれがミック・ジャガーでも
アンティックの時計でも
どこかの安いバーボンのウィスキーでも
そうさなにかにこらなくてはダメだ
狂ったようにこればこるほど
君は一人の人間として
しあわせな道を歩いているだろう

人は何百年も前から同じことを歌っている。
小笠原長行の辞世句から閑吟集を渡り、かまやつひろしへ。
人は愚かなことを繰り返して、愚かなままに生を歌っている。
良くも悪くも。
そんな当たり前のことを思う日。
でも、今日はいい日だ。

『ゴロワーズを吸ったことがあるかい』
https://www.youtube.com/watch?v=O2VP_FMjUAk

2012年12月18日火曜日

絶望するにはまだ早い。


十二月の衆議院選挙について書き残しておこうと思います。

テレビの報道番組で自民圧勝の数字を見た瞬間、スッと血の気が引いて視野が暗くなるのが分かりました。ああ、人間は理解しがたい怒りに陥ると本当に血の気って引くんだと妙に納得している自分がいました。
予想はしていたとはいえ、やはりショックでした。ぼくが暮らすこの国は辛い経験から教訓を得て前に進もうとするのではなく、辛いことはまるでなかったかのようにする社会なのだろうかと。

でも、ぼくは一つのことを思い出していました。
選挙前からぼくの周りで十代の友人たちが「選挙権がなくて悔しい」と発言していたことを。それはぼくにとって大きな驚きでした。ぼくは十代のときにそんな風に考えられなかったし、そんな風に考えられる人たちが生まれつつあるんだと。
主義主張で政治に参加したいのではなく、今の状況をフラットな視点で見て、「これはおかしいんじゃないか」と思う十代たち。ぼくは今回の選挙結果やそれを支えた団塊の世代たちに絶望してしまったけれど、その絶望を今の十代に引き継がせちゃいけないんじゃないだろうか。絶望するにはまだ早いんだと。

そんなことを考えて眠れない選挙当日の夜に、十五歳の友人からメールが届きました。彼女も憤りで眠れないらしく、ぼくたちは深夜のメールを交わしました。本人から許可を得てメール内容を掲載します。メールの内容よりも、こんな風に思っている十代(きっと少数派だろうけど)の空気感が伝わるといいなと思います。今の社会は十代からはこんな風にも見えたりするのだと。

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十五歳:稲田さーーーん!(泣)

稲田  :どうした?

十五歳:もう選挙終わっちゃったけど、選挙権欲しいっす。

稲田  :だよねー。気持ち、とってもよく分かるよ。
ぼくも今回の結果は呆然とするくらいショックでした。

十五歳:私もですー!十五の子どもがあまり偉そうに言えないですけど…原発のことも憲法のことも、国民投票とかで政策がそのまま実行されないとは思うんですけど…。
でも、ああいう政策がスタンスな政党が与党になっちゃうのが嫌なんですー!地震あってからまだ二年もたってないのに、何で自民党圧勝なんですかねー。

稲田  :ぼくも全く君と同じ考えです。東日本大震災から初めての衆議院選挙なので、国民としても「これからぼくたちはどう生きていくのか?」の意思表示をする選挙だったのです。原発であったり、税金の使い方だったり。
それが、今回の自民圧勝から伝わってくることは、この国の人々は「被災地のことより雇用や経済効果を、原発の問題より自分たちや企業が安価に使える発電システム」を選択したということです。信じられない。いったい、あの震災から何を学んだのかと呆然としました。
でも、唯一の救いは君のような十代の人たちから「これはおかしいんじゃないか」「選挙権がなくて悔しい」という声がちらほらと聞こえてくることです。
ぼくたち選挙権を持っている世代は君たちが二十歳になるまでにせめて今よりましな社会環境に整え、君たちを迎え入れることが大切だと思いました。こんな現状にうんざりするかもしれないけれど、選挙権を得る日まで社会に絶望しないでね。ぼくたちもがんばります。

十五歳:絶望はしませんよ。ただ、堂々と反論できる知識と力を早くつけたいと思いました。んー、復興にもお金が必要なのは確かですけど、経済の「成長」よりももっと急がなきゃいけなかったり、大事にしなきゃいけないものがあるのに…。
自民党を支持した人の半数が望んでいる「景気の回復」っていうのは、震災のことを考えると、冷たい空気を感じるし、本当の豊かさではない気がします。

稲田  :うん。君の考えに同意します。ぼくも今回の自民圧勝で感じたことは、「震災者の救済よりも原発よりも経済成長と景気回復」という余りにも狭窄的で自分勝手な考え方でした。
それは震災から何も学んでいないし、グローバル化以降問われている「本当の豊かさ」という価値観についても今回の選挙で何も提示できていません。それよりも旧態依然とした価値観にまだ大人たちがしがみつくという怖さがぼくには感じられました。もしかしたら君も同じような違和感や気持ち悪さを感じているのかもしれません。

十五歳:すっごい感じます!名詞としては経済「成長」ですけど、退化に感じます。それに知識不足なので理由や根拠はありませんが、もう向かうべきところは、そこじゃない気がするんです。

稲田  :うん。君の言ってることはすごくよく分かります。君の言葉からも考えるヒントをたくさんもらいました。ありがとう。
東日本大震災と今回の選挙で「このままじゃいけないんじゃないか」と考え始めた人が沢山いるのだと思います。年齢や社会的役割と関係なく。君のように。ぼくはそういった人たちとできるだけ会って、話をして、これからの自分の考え方を定めていきたいと思っています。今日はありがとう。おやすみなさい。明日、学校で寝て怒られませんように。笑

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選挙当日の夜、一億三千万分の二同士の三十八歳と十五歳がこんなメールを交わしていました。
もしかしたら日本のあちこちでひっそりと同じような会話が交わされていたのかもしれません。

投票する人の平均年齢は五十代だそうです。そして投票する人は有権者の五十パーセント。どれだけ若年層不在かがよく分かります。投票なんかしたって何も変わらないよと思ってしまいがちですが、こんな風に「おかしいんじゃないか?」と考えている十代たちもいて。

もし、ぼくたちが「やっぱり選挙なんかしたって何も変わらないよ」と思ってしまえば、その負の遺産を彼らに引き渡すことになるんだと今回の選挙で気づきました。二大政党制でないと民意が反映されがたい小選挙区制度といった現行システムの問題点もありますが、「何も変わらないよ」と何十年も続く負の遺産をぼくたちで止めることは大切な役割なんだと。もう、そろそろ変わってもいいですよね?

2012年12月14日金曜日

まずはそこから生きていく。


こんなにドキドキしながら迎える選挙は初めてで、正直いって日曜日を迎えるのが怖い。
もちろん選挙の選択は自由だし、人それぞれであるべきなのは承知な上で、結果によっては日本という正体のない集合体に心から失望しそうで怖い。

東日本大震災でまだ三十二万人の方が避難生活をしている。あれから一年半たったのに。まだ仮説住宅や親戚・知人宅、公民館で暮らしている方が三十二万人もいる。その中には原発事故で家を追われ、恐らく生涯において我が家に帰れない人もいる。

自宅に家族で住めてはいても、本当に子どもは健やかに育つのか、子どもに与えている食べ物は本当に健康を損なわないのか判らないまま不安を抱えて暮らしている方たちがいる。

何も終わっていないし、ぼくたちはまだ何も決めていない。東日本大震災を経て、これからぼくたちはこう生きていくんだという旗を揚げていない。一年半も経ったのに。あんなに辛い思いをしたのに。

ぼくは原子力発電に反対です。
まずはそこから生きていく。