2012年2月28日火曜日

歴史って本当に面白い!「飯山の戊辰戦争」

いま、仕事で飯山市の観光パンフレットを制作させていただいているのですが、
お手伝いをお願いしている編集者さんが飯山の歴史本で下調べしてくれたところ、
明治維新期に上越から入ってきた幕府脱走軍たちの取り扱いを巡って
飯山藩が二転三転の大混乱に陥った事件があったという文献を教えてくれました。
おお!幕末好きには堪らないエピソード。
パンフレットには使えないけど、俄然興味あります!
その本は『語り部が語る ふるさと 飯山』(佐藤政夫・弓削春穏/ほおずき書籍)。
さっそく熟読。
幕末期の飯山藩事件は大政奉還に反発する脱走幕府軍の局所的戦闘のお話でした。
その名も「飯山の戊辰戦争」!
いやー、面白かった!!
当時、幕府の歩兵指南役だった青年将校古谷作左衛門が隊長を務めるこの脱走軍(後に衝鋒隊と命名)は
慶応四年三月はじめに江戸を出て、同月二十日すぎには会津若松に入城。
諸藩きっての佐幕藩主だった松平容保に激励を受けた衝鋒隊は意気大いに上がり、
越後の諸藩を説得し、味方に引き入れながら(半ば迷惑がられ、半ば歓迎されながら)高田城下まで進軍。
このころ衝鋒隊の勢力およそ五百人。
浪士五百人が越後から信州へ向かってやってくるという噂が広まるにつれて、信州の諸藩は気が気でない。
なかでも飯山藩は富倉峠一つへだてた新井宿まで先鋒隊がやってきたとなると、これはもう一大事。
ここから、飯山藩の大混乱が始まるのです。
五百人におよぶ脱走幕府軍に対し、たかが二万石の小藩飯山は足軽まで入れてもせいぜい二百人。
何としても激突は避けたい。
一戦に及んだら城下町が火の海になるのは見えている。
脱走幕府軍を素通りさせて、事無くすませたい。
そんな思惑で衝鋒隊の宿舎を求めて、飯山藩は本町の家々四十数件
ほていや仁太夫・よしのや庄兵衛宅など)を割り当てたり、
真宗寺を本陣に空けさせるなど涙ぐましい努力をするのですが、
なんと衝鋒隊は素通りするどころか、
飯山を本拠地につい先ごろまで幕府代官所のあった中野を襲撃しようと居座ってしまいました。
その上、それを聞きつけた信州随一の雄藩・松代藩は浪士隊を殲滅させようとぞくぞく木島周辺に集結。
「お前ら不逞の徒を泊めて何をやっておるか!よもや官軍に弓を引くつもりか!」と激怒。
それはそうだ。
さあ、困った飯山藩!
何とかして浪士隊を城下から立ち退かせねば、もはやこちらも賊軍とされるいきさつに。
どうするどうする!
...とまあ、書くと切りがないので導入のここまでにしておきますが、いやー、本当に面白い!
幕末好きのぼくだけど、飯山は幕末の騒動なんて関係なかったんだろうなあと勝手に思っていました。
それが、こんなに人間くさい事件があったなんて。
松代藩も佐久間象山くらいにしか思っていなかったのですが、
当時の飯山藩の慌てようを垣間見るに、雄藩としての松代藩の存在がぐぐっと大きく見えてきたり。
歴史は一つの視点でぐっとダイナミズムを得ますね。
この瞬間が本当に面白い。
最後に、ぼくの実家は飯山市内の愛宕町で内山和紙店を営んでおりますが、
それは祖父の代からで、しかも祖父は仏壇屋をやっていたんですね。
そして仏壇屋の前の江戸時代には米問屋を営んでいて、まあまあ裕福だったと。
それは知っていたんだけど、「なんで米屋をやめたのかなー」と以前から不思議に思っていたんです。
それで今回の「飯山の戊辰戦争」を読むと、
最後に敗走した浪士隊は市中に火を放ち、飯山城下はほぼ火の海に包まれるのですが、なんとぼくの実家も焼けていた!
(この本に当時の焼場書略図が掲載。飯山城から愛宕町までほぼ全域の大火でした。※当ページ終わりにPDFがあります)
ああ、だから、米問屋を閉めて、当時から盛んだった仏壇作りに「おれも仲間に入れてくれ」と始めたんだ...。
ぼくが三十年漠然と「なんでかなー」と思っていたことが、一冊の本で新しい視点を得ることができました。
詳細は実家に帰って父親に尋ねなければなりませんが、
自分の人生と、日本の歴史がリンクする面白さを味わえた瞬間でした。
ああ、歴史って本当に面白い!!

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『語り部が語る ふるさと 飯山』
佐藤政夫・弓削春穏/ほおずき書籍
飯山の戊辰戦争_「語り部の語る ふるさと 飯山」より.pdf


ほおずき書籍さんの御厚意により、『語り部が語る ふるさと 飯山』での
「飯山の戊辰戦争」章のPDF掲載ご許可をいただきました。
ほおずき書籍さん、ご丁寧に対応いただきましてありがとうございます。
すっごく面白いので、幕末好きの北信地区の方々、よかったら読んでみてください。

2012年2月1日水曜日

『Book&Talk ひふみよ vol.02』で思ったこと。

一月二十八日にBook&Cafeひふみよで開催された『Book&Talk ひふみよ vol.02』に行った。

雑誌『spectator』編集長・青野利光さんと
Get Back,SUB!』の著者でライター・編集者の北沢夏音さんのトークイベント。

音楽や本や雑誌を深く愛する北沢夏音さんが口にされる
楽曲やアーティストはぼくには半分も分からなかったけど、
予定を大きくオーバーした三時間にとても満足した。

楽しいというよりも、静かな音楽会に参加したような不思議な気分だった。
まるで夜の森に皆で車座になって、静かな音楽をずっと聴いていたように。

友人もツイートしていたけれど、
青野さんと北沢さんのトークは「長野」とか「地域性」とかいう括りを超えた話だった。

青野さんは東京から長野に『spectator』の編集部ともども越されてきて、
そういう点では長野も話題に上がったのだけど、
全体を流れるトーンは雑誌制作や七十年代のリトルマガジンに主軸を置いて、
サブカルチャーの意義を語るという内容だった。

Book&Cafeひふみよの二階で、
小さな音色に耳を傾けるようにして、
ぼくは青野さんと北沢さんの話を聞いた。

『SUB』や『WonderLand』や『宝島』や
『Rolling Stone』やニュー・ジャーナリズムの話を聞いた。

北沢さんは話のなかで比喩として楽曲名をよく出した。
ぼくが知っている曲はほとんどなかったけど、
さらりと北沢さんの口から出る楽曲は古い本のように手触りが良さそうだった。

なんだか、とても心地よかった。

ぼくは思うんだけど、サブカルチャーとかアンダーグラウンドとか、
ポップミュージックって日常に無くてもいいものなんだろう。

でも、日々に生きるぼくらの視点を一つ上に上げてくれ、
日々に生きるぼくらの重力性を断ち切ってくれるものは
サブカルチャーとかアンダーグラウンドとか、
ポップミュージックなんだろう。
きっと。間違いなく。

そして、油断した日常性を
非日常性から覆そうとするのが
サブカルチャーとかアンダーグラウンドとか、
ポップミュージックなんだろう。
きっと。間違いなく。 たぶん。

『Book&Talkひふみよ vol.02』のあの時間は
ぼくにとって非日常だった。

非日常性をヒリヒリと愛しく思っている人たちと
同じ時間を共有できて本当に嬉しかった。

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