2012年8月18日土曜日

一体何が民主主義なのか


今日の信濃毎日新聞文化面での大沢真幸さんという社会学者のデモについてのコラムがとても良かった。

今の国会議員たちのデモへの無関心さを『公共的なものへの関与よりも家への事情が優越する』からだと説き、デモの過剰警備について『ちゃんとした民主主義の下ではデモは起こらない』という日本人の常識ゆえの過剰警備に異議を唱え、『デモのような集会を開き、自由に意見を表明できることこそ、民主主義の内実そのものである』、『代表制民主主義は、こうした条件を不完全にしか実現できない次善の策である』と書いている。

その通りだと思う。完璧なシステムなんて存在しない。完璧な絵が存在しないように(たしか村上春樹)。完璧なシステムなんて存在しないからこそ、様々な揺らぎの中で補い合うのが健全な有り様だと思う。民主主義とは揺らぎそのものだろうからだ。

昨日の大雨の中、長野駅前で原発反対の声を大きく上げていたマブソン青眼さんやぼくの友人たちの声が民主主義でなかったら、一体何が民主主義なのか。

2012年8月8日水曜日

また金曜日がやってくる。


また金曜日がやってくる。


フランス出身の俳人であるマブソン青眼さんら何人かの方々が
毎週金曜日の夕方六時から長野駅前で原発再稼働反対の抗議活動をしている。
ぼくも先週、途中から参加させてもらった。
拡声器などを使うと届け出が必要なので、肉声で原発再稼働反対を訴えている。
とてもシンプルで手作り感のある集まりだ。


たまに「原発は反対だけど、デモや抗議活動したからって止まるとは思えない」と言われる。
気持ちはわかる。ぼくもそうだったし。

でも、分かってきたことはデモや抗議活動は身体の痛みを訴える大切なアクションで、
痛みの信号を受けないと治療が始まらないということだ。
人間がどこか怪我をしたときや、これ以上重いものを持てないという負荷のアラームとして痛覚はとても大切なように。


「痛いよ!」「これ以上持てないよ」という声を上げるアクションがなければ、
治療したり、荷物を降ろすという次のアクションが始まらないということだ。
デモがすなわち原発を停止したりしないけど、「痛い」と言えばすなわち病気が治るわけがないのと同じだ。
でも、「痛い」と言わないと治療が始まらない。ステップが違うのだ。


というように「声を上げること」について思っていることは
今までも人に話したり、日記的に書いたりしたけれど、今日書きたいことはちょっと違って。


発端は先週金曜日の抗議活動でマブソンさんが再稼働反対のシュプレヒコールの合間に
「私だってしたくてしてるわけじゃないんだよー」と叫んだことだ。


そのときはそのままコールが進んだけれど、当日の夜に角居さんや関谷さんと飲んでいて
「あのマブソンさんの気持ちはとってもよく分かる」と頷きあった。
「今日は遅くまで仕事で疲れたし、行くの面倒だしと思ってたんだよね」とぼくは言い、
角居さんも「おれだって毎回行くときにハードルがめちゃくちゃ高いよ」と言った。
皆、同じなのだ。


できることならこんなことしたくない。
道行く人に白い目で見られて、
近しい人からはちょっと遠巻きに見られて、
苦笑いされて。
もっと違う方法があるさと言われて。


こんなこと全然したくない。
もっと自分の好きなこと、楽しいことだけをして生きていたい。
楽しいことを共有できる人と楽しく過ごしたい。


人によって色々だろうけど、
ぼくにとって原発反対のデモや抗議活動で声を上げることは「いじめ」の構造とほぼ一緒だ。


「いじめ」という暴力現象はどのような集団活動でも起こりうることを小学校・中学校で身をもって知っている。
そして、「見て見ぬふりをする」「何のアクションも起こさない」という九割の人々の選択肢が
いじめの重要な成立条件だということも痛いほど体験している。痛いほど。


いじめた側のチームにいたこともあったし、
いじめを止めようとしてあっという間に孤立していじめの対象となったこともあった。
でも、今ぼくにとって重要なことは加害者・被害者・無関心者の三者が揃っていじめは成立するということを「知っている」ということだ。


小学生のとき、中学生のとき、ぼくはうまく出来なかった。
勇気も足りなかったし、恐怖にも耐えられなかった。
大きな声を上げられず、自分を守るために平然と見ないふりをすることも沢山あった。
助けて欲しいと胸の中で渦を巻いているのに何一つ言えなかった。
加害者であり、被害者であり、無関心者だった。


それでぼくはいま大人になっている。
また同じ局面に立っている。
無関心は暴力の成立要因だと知ってしまっている。
デモや抗議活動という声を上げるアクションが治療のために必要だということを理解してしまっている。


ぼくはどうするんだろう?
また平然と見ないふりをするんだろうか?
また勇気を出せないんだろうか?
また家に帰るまでの我慢だと思うんだろうか?
無関心の暴力性を知っているのに。理解してしまったのに。


去年の東日本大震災の原発事故を見て「ぼくも加害者の一人なんだ」と思ったあの気持ちをぼくはどう扱うんだろう?
自分が無関心者だったツケをいつ払うんだろう?
いつ勇気を出すんだろう?


ぼくはヘラヘラ笑って生きていたい人間です。
楽しいことを分かち合える人たちと会って、幸せな気分を共有したい人間です。
できることならデモや抗議活動なんて行きたくない。
ぜんぜん。
でも。


最近はそんな風に思っています。

2012年7月30日月曜日

デモってなんだろう?



「脱原発」を訴える抗議行動『7・29脱原発 国会大包囲』に参加してきました。
日比谷公園からスタートして、東京電力本店前を通り、経産省前を過ぎ、国会へ。夕方四時に出発して国会前に着いたのは六時半くらい。それから八時くらいまで国会を取り囲んで抗議活動を行いました。
http://fotgazet.com/news/000236.html

国会の包囲は歩道だけの警備設定だったため人が溢れ、二重三重に人々が国会を取り巻きました。国会正門前での抗議活動を進めるなか、狭い歩道に押し込められた人々の何人かが大きな車道に足を踏み入れ、それを機に瞬く間に何千人もが車道を占拠し、国会正門前で口々に「原発反対」「再稼働反対」を訴えました。
車道を占拠する動きに暴動や無秩序さが少しも感じられず、将棋倒しにもならず、なんて言えばいいんだろう、普通の人たちの普通の歩みのまま、ぼくも含めて道路を占拠しました。不思議な感覚だった。

参加者数は主催者側で二十万人、警察発表で一万五千人とのことですが、当事者としてはよく分かりません。実感として、自分の感覚では捉えきれない大きな渦がこの時間とこの場所を塗りつぶしていたという感じです。

ぼくは六月の長野でのデモ、そしてこの抗議行動で二度目の参加でした。ぼくはいつも行動してからその意味を考えます。考えたことは言語化します。そうしないと前に進めないのです。

ぼくは六月のデモで学んだことは「デモは意思の可視化であり、社会に意思を表明することだ」ということでした。
そして、七月二十九日の抗議活動に参加して、参加してるときも、参加した後も、ぼくはずっと「デモってなんだろう?」と思い続けました。
何千人、何万人の人々と行動を共にして、ぼくは何を学んだのだろう?と思い続けました。

「デモってなんだろう?」

この問への一番率直な返答はあの日、あの場所で起こったことであり、街を練り歩いた人々であり、街中に上げられた声であり、太鼓の音であり、ささいな諍いであり、配られるチラシであり、一定の時間と一定の機能を奪われた街であり、苛立ちを感じた通行者であり、何百人もかき集められた警察官であり、カメラと脚立を抱えて歩き回る報道陣であり、空を回旋し続けるヘリコプターであり、静かな苛立ちを積み重ねる群集たちであると思います。

デモとは正にそれら起こりうること全てがデモなんだと。
デモは何かしらの意思表示であり、何かしらを変化させる「ため」のものかもしれませんが、それは段階としては次のステップであり、デモはデモが持つ混乱そのものが存在価値なんだと思いました。

twitterでよく見かける「デモで再稼働した原発が止まるわけがない」という意見。それを見かける度にぼくの中ではモヤモヤしたものが生じました。「鉛筆でビールの栓が抜けるわけがない」というような違和感。日本語としては正しいかもしれないけれど、何かがおかしく、どこか破綻している。

ビールの栓を抜く道具は栓抜きである。
再稼働した原発を止めるのは政府であり議会である。

その意味において、デモは栓抜きではないし、再稼働した原発は止められない。
なぜならデモの先にリアルな政府も野田総理も議会も待ち構えているわけではないからだ。
「デモで再稼働した原発が止まるわけがない」
それは正しい。
でも間違っている。

デモはデモであることにおいて力を持つ。
あの街の機能と時間を奪う力が、群衆の占拠が、デモとして起こりうる全ての事象が「脱原発」の意思として捉えられ、新聞やテレビやネットなどに配信される。例えば昨日のTBSでのニュースや、今朝の朝日新聞一面や、多くのネットニュースに。一人ひとりの目に見えない意志が可視化され、社会の一要素として共有される。

デモはデモであればいいのだ。
『7・29脱原発 国会大包囲』でぼくはそう思いました。

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<最後に思ったことを>
デモはデモであればよく、そしてデモはフェスタです。間違いなく。
できるだけ沢山の人と集まり、できるだけ大きな音を出し、大きな声をあげ、できるだけ笑い声があった方がいい。ぼくはそう思いました。

『デモは「是か非か」と論議するようなものではないと思います。車が走っている限り交通事故があるように、社会がある限りデモがある、という存在の仕方だと思います』
と小沢健二が書いているように、デモは社会の一部だとしたら、ぼくたちはそれをもっとぼくたちのものとして使えた方がいい。少し遠出して水族館に行くような感じで。

今回一緒に行った角居さんがfacebookで上げてくれていますが(角居さんありがとう)、東京まで相乗りすれば五人で往復二千五百円。朝行って夜帰って来れます。練馬インターで降りて小竹向原駅そばの駐車場を使うと麹町や永田町に一本で行けて、毎週金曜の官邸前デモに便利です。

高速料金:五千百円(長野-練馬の往復)
ガソリン代:五千八百j円
駐車料金:九百円(小竹向原駅そば)

デモはどこか遠くの誰かがしているものではなくて、いつでも自分のものになるんだとぼくは思いました。声を上げたいことがあれば。

小沢健二『金曜の東京』
http://hihumiyo.net/fridaysintokyo.html

2012年7月13日金曜日

『金曜の東京』 小沢健二

小沢健二のデモへの姿勢。声を上げることの大切さ。
声を上げることに引け目を感じないように。
声をあげることが多くのことがらと
等価の価値をもっていることを信じられるように。

読めて良かった。

『金曜の東京』小沢健二

2012年7月11日水曜日

様々な問いの交差のひとつとして。


ぼくは七月二十八日(金)の原子力発電・議事堂前抗議活動に参加しようと思っているのですが、それについて妻から反対のメールが届きました。

彼女の考え方も分かるし、このように考える方も多いと思うので(とってもプライベートなメールではありますが…)、メールの往復書簡を載せさせていただきます。

正解なんてどこにあるのかさっぱり分からないけれど、でも今の日本のあちこちでこのメールのような「どういうことなんだろう?」「何が正しいんだろう?」「どう考えればいいんだろう?」という問いが交わされているのだと思います。家族で、友人で、会社で、学校で、見知らぬ人同士で。

このメールも、それら様々な問いの交差のひとつの事象だと思って読んでいただけたら嬉しいです。二者間での問いの往復はその問題がもつテーマを内包していると思うので。掲載は妻の承諾済みです。しかし恥ずかしいなあ。

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【妻からのメール】

私はデモには反対です。
もう次の段階にはいらなくちゃいけないと思います。
本当に15%もたりないのか。たりないのだとしたら補う方法はないのか。原発を動かさないでもし大停電になったら関西の人は怒らないでいられるのか。
何かそういうのなしで原発反対とただ叫ぶことに疑問を感じます。
野田がやらなくちゃいけないことはもっともっとたくさんあると思うけど、私が野田なら原発再開すると思います。

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【ぼくの返事メール】

>本当に15%もたりないのか。たりないのだとしたら補う方法はないのか。原発を動かさないでもし大停電になったら関西の人は怒らないでいられるのか。

これについては明確に関西電力が「原発を動かすことと電力需給は関係づけて考えていない」と大阪府市エネルギー会議でも明言しているんだよ(その場面がテレビで放送されました)。
どういうことかというと、今は火力発電をフル活動しているのだけど、それだと燃料費が高くてやっていけないから、原発を動かしたいということです。でも、それをきちんと説明していないで、雰囲気として「原発を動かさないと電力が足りない」というロジックを社会に発信してしまいました。
「原発を動すことと、15%電力が足りないとは関係ない(関係づけて考えていない)」ということを実施するように、なんと大飯原発を再開させた三日後に火力発電を八ヶ所止めています。今までの説明から得る雰囲気だと「このままだと電力が足りない。関西の人が困ってしまう。だから大飯原発を動かさせてくれ」だったよね?(ぼくも君もそんなニュアンスで理解していたと思う)それで仕方ないという雰囲気になったのに、原発が再開した代わりにコストの高い火力を止めるというのはあまりにも企業本位なやり方で、いま部分的に非難を受けています。

>本当に15%もたりないのか。たりないのだとしたら補う方法はないのか。

この問いに対して、実は誰も正しい返答をできないのです。関西電力の不足分の数値の出し方、発電運営のやり方がとうてい信用できるものではないからです。15%という数字の真実性が問えない。今の火力水力の発電力データを出されても信じられない。なぜならデータはすべて関西電力が持っているからです。それはカードゲームをやっているのに、ぼくたちは自分のカードを見ることが出来ず、電力会社だけがカードを選んでいるようなものです。そんなのルール自体が壊れているゲームです。
今の関西電力のやり方が「ギリギリまで原発を動かさないように努力するけど、命優先のためにどうしてもとなったら原発を再開させてくれ」という態度にはとても見えないし(原発稼働のための数日が必要だとしても)、「原発を動かすことと電力需給は関係づけて考えていない」とテレビ上でも明言したことについて、会社としてきちんと説明していません。それは再稼働を決めた政府も同じことが言えます。

>私はデモには反対です。もう次の段階にはいらなくちゃいけないと思います。

君の言うことはとっても分かるし、デモなんかやってる場合かというのも分かるんだけど、残念ながら、ここ数カ月の政府と電力会社のありようは全くと言っていいほど信用できるところがありません。本当に「そんなことやってる場合か」ということが政府と電力会社に沢山あります。そして、震災以後ぼくが学んだことは「政府や電力会社は積極的な嘘は言わない。ただし、言いたくないことはとことん隠し通す。騒ぎが収まったらこっそり出す」ということです。
関西電力の「原発を動かすことと電力需給は関係ない」という大阪府市エネルギー会議での明言もそうだし、大飯原発の下に活断層があることについての地層調査データも「無くした」と言っています。首相官邸前を十五万人が抗議活動で取り囲んだ時に「これをどう思いますか?」と訊ねた記者に、野田総理は「外で大きな音がしますね」と答えたそうです。これは(抗議活動と認識しない)と言っているのに等しい。無視することで物事を進めようとしているんだね。

実は日本のエネルギー政策の大きな変換点が八月末で決まるということを先週知りました。ぼくは全然知らなくて、例によって内閣府のwebサイトでこっそり上げられていたのだけど(パブリックコメントの募集)。
それによると、今後の日本のエネルギー政策において原発依存度を0%、15%(現状の半分)、25%(現状より少し減)の三択で決めるから投票するようにということでした。そんなこと知らなかったよね?ぼくも全然知りませんでした。知らないと何が起こるかというと、組織票が断然強くなるのです。それは選挙でもそうだよね。民主党があれだけ当選したのは、普段動かないサイレント層が投票したからです。サイレント層が動かないと、組織票を持っているところが安心して勝てるというのはどんなことでも一緒なんだね。

デモで原発は止まらないです。それはその通り。だけど、今のあまりにも火事場泥棒みたいな「ちょっと嘘ついてでも、なるべく原発を維持できるようにしよう」という政府と電力会社のやり方に「ふざけるな!」と声を上げること、そして「実はこうなんだよ。おかしくない?」と知らない人に知ってもらうことが、今このタイミングでとても大切なことだとぼくは思います。
原発は止められないけど、今の「おかしいぞ?変だそ?」ということを知ってもらう手段として、十万人以上に膨れ上がった毎週金曜日の抗議活動は無駄なことではないと思っています。ぼくもそれで「ん?おかしんじゃないか?」と思いました。

もちろん、「ぼくは原発に絶対賛成です」という人もいて当然だと思います。でも、今のあまりにもひどい「決められ方」、「全然信用できない人たちが決定権をもつ仕組み」、「電力が足りないということを脅迫的に使う電力会社」に対して、「おかしい!」と声を上げること、そして「実はこうなんだよ。おかしくない?」と知らない人に知ってもらうことが、八月末までに重要で、これから二十年先の日本のエネルギーの選択肢に大きな意味を持っているとぼくは思います。

2012年6月25日月曜日

声を上げること、意見を具現化すること。


六月に『再稼働反対大行進in長野』に参加させていただいて、デモに参加することは自分の意見を実体化する行為なんだと体感できました。

「原発再稼働反対」という目に見えない一人ひとりの意思に、「デモ」という可視化した実体をつける行為なんだと。

「いじめ」に参加していなくても、見ないふりや無関心さは決して抑制力にならない。のみならず、無関心さは「いじめ」という構造の成立要素として参加している。そのことをぼくは学生生活でとてもリアルに体感しているので、マブソンさんが引用されたアインシュタインの言葉は胸にしみました。そしてそれは今の原発問題に似た構造だと思います。

福島を奪われた方々に対してぼくたちは多かれ少なかれ共犯者になっている。それを去年の東日本大震災でぼくは痛感したばかりです。その気持ちを書いた当時のブログと、今は気持ちは何も変わらない。それなのにまた無関心層として構造に取り込まれたら、僕はあの震災で何も学んでいないことになります。

声を上げること、意見を具現化することを「意味がない」と否定するよりも、そもそも僕は「声を上げること、意見を具現化すること」が出来る大人になりたいと思います。そうじゃなかったら「大人になる意味なんて何もないじゃないか」と学生時代の自分に問われてしまう。あのときの自分は何も出来なかったけれど。

「大人になったら(頑張って)勇気が出せるようになるんだぞ」と自分の子どもや、十代の自分に言えるようにぼくはなりたい。七月二十九日の脱原発国会大包囲に参加します。

2012年6月11日月曜日

デモに参加してみて思ったこと。


六月十日に長野市で行われた原発再稼働阻止のデモに家族で参加しました。南千歳公園から周辺を一時間ほどかけて歩く五十人ほどの小規模なデモ。
今回は原子力発電についてではなく、生まれて初めてデモに参加してみて「ふーむ、こうなっているのか」と知ることが幾つかあったのでそちらを覚書として書いてみます。

一)参加はかなり自由で、飛び込みも歓迎だった
南千歳公園に集まりさえすれば後は皆で歩くだけ。署名や人数確認もなし。デモ行進しているときも「賛同する人がいたら一緒に歩こう」という姿勢でした。いつかどこかでデモ行進をしていて、それが賛同できる内容だったら今度はかなり気楽に飛び込みできるだろうなーと実感。

二)警察はかなりスマートに道路整理をする
正規のデモはきちんと届け出するということを知識としては知っていましたが、デモの行進中、警察がこんなに懇切丁寧に対応するのだとは知りませんでした。
車道を歩いている間はずっと、車の進行やデモ参加者のはみ出しなどを誘導します。【デモは国民の権利である】【権利を施行する間、官がサポートするのは当然である】という考えは理解できますが、そうはいっても人間。「いやあ、ありがとう」という気持ちに。なにか事故があったら彼らも責任を問われるので業務の一環として当然なのでしょうが。国の姿勢について反旗を翻しつつ、一方で国のシステムに懇切丁寧にサポートしてもらうという両面性が面白かったです。もちろん、そんなデモばかりではないだろうけども。

三)子どもへの影響は大きい
今回はたまたま家族総出(ぼく妻子ども三人)で参加したのですが、まあ、最初は子どもたちは怯えていました。「な、なんだこの場は…。この大人たちは…」という感じ。それはそうだ。六歳の息子なんて怯えて涙ぐみ始めたので、最初はおんぶしながらの行進。八歳の娘は「帰りたいよう」と控えめに訴えてきましたが、父としてスマートに拒否。
それでもまあ、何でも馴染んでくるもので、怯えていた息子もだんだん慣れてきて、「原発反対!」のシュプレヒコールをぼくの背中で呟きはじめたなーと思っていたら、そのうち調子にのって大きな声で「げんぱつはくさい!キャハハ」と子どもじみたギャグを嬉しそうに言ってました。
八歳の娘もコールまではいきませんでしたが、手持無沙汰だとつらく、何かの役割が欲しくなってきたのでしょう。二歳の娘を母親から奪って、抱っこして行進するのが心の安寧だったようです。行進では楽器を鳴らしている幼児もいて、そうした参加感を得れる道具があると子どもも楽しくて良いかも。娘は妹を抱っこして行進してると、いろんな人が写真を撮ってくれるのが嬉しかったらしく、行進後に「いっぱい写真とられた!」と自慢げでした。気持ちはわかる。
娘は帰宅後、宿題の日記を書かなきゃーとガツガツ書き始めたので見せてもらうと『今日はデモ行進でみんなと歩きました。声も出さなくてはいけなくてちょっと恥ずかしかったです。「原発はんたい、いのちをかえせ」とみんなで言いました。ふるさとの歌もみんなで歌いました』といった内容。担任の先生、前知識なく読んでびっくりするだろうな。まあ、それも面白くてよい。ぼくは個人的嗜好としてシュプレヒコールは苦手なのですが(皆そろって同じことをするのが苦手)、あの短時間で娘にこれだけ浸透するのだから、なるほど浸透効果は高いのだと納得。
子どもがデモに参加することについて思ったのは「是非はともあれ、影響はストレートに出るんだな」という実感でした。その良し悪しはきっとそれぞれが決めればいいことでしょう。
また、なぜか日本ではポリティカルな場面に子どもがいる風景に違和感がありますが、それは今の日本ではポリティカルなことが日常性を持っていないからなんだろうなと何となく実感。ぼくもデモに参加することは非日常でした。それで家に帰って「げんぱつ・はくさい!」と節をつけながら口ずさんでいる息子と牛乳を飲むのはとても日常的で何だか面白かった。

四)まとめ
今回、デモに参加しようと思ったきっかけは誰かがリツイートした誰かの引用文でした。うろ覚えですがこんな内容。
「国が本当に嫌がるのは、とにかく群衆がどこかに集まることだ」
これが本当かどうかは知りません。でもなんだか説得力があったので、嫌がるならやってみようと。どれほど嫌がったか分かりませんが、今回のデモ参加で「社会に対して手を挙げる方法」を試してみたんだなーという実感は得ました。学校に行って初めてそのクラスで手を挙げたときのように。これからも手を挙げるときは挙げようと思います。学校でもそう習ったからね。


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追記)
ちなみに僕の原子力発電についての態度は以下のようなものです。

一)自然エネルギーに乏しい日本が頼ろうとしてきた(今でも頼りたい)側面は理解できる

二)しかし、この五十年で原子力発電を維持・開発する環境が既得権益化しすぎる一方、国民の選択の場が不在化し、「原子力発電を使い続けようとする」システムのみが拡大し、歪みすぎたように思える

三)使用済燃料の最終処理場を日本国内に置けるのか(置いてよいのか)大いに疑問がある(東日本大震災以来、日本の地理特性、責任者・管理者不在の政府姿勢などを経てその気持ちは更に強まった)

つまるところ個人姿勢として、原子力発電の技術的な有効性で語るのではなく(そもそもぼくには分からない)、「既得権益化によって、原子力発電を使い続けようとするシステムのみが拡大した日本行政と企業では、災害があったときに被害が甚大である原子力発電を正しく運営できない」と思っています。屋根からぶら下がって窓ガラスを拭くときに、信用できない人に大切な命綱は預けるなってことですね。

また、既得権益を持っている人たちに「それは捨てるように」と言ったって捨てないと思うんです。ぼくだって捨てないよ。もったいない。
既得権益化は企業としてはそのベクトルを当然持つだろうと思います。利益の追求が企業の本質的な有り様だから。原子力発電=既得権益の「システムを改善しよう!」というよりも、今まで一方的に独り勝ちしていた彼らがここで大きなミスをして、選択肢というとても貴重なカードがテーブルに戻ってきたのだから(今まではそのカードすらも存在しないように無在化されていたと思える)、この機を逃さずちゃんと態度を表明しようと思っています。

薬物中毒者が自分からクスリを止めるのはとっても難しい。一番効果的なのは「もうクスリやっちゃだめ!」と患者の前からクスリを取り上げることと、アフターフォローなはず。だから、患者自身の是正を期待するのではなく、ぼくたちのような外部の人間が「原子力発電はもうダメ!」と選択肢を示すことが、いま必要な対応なのだろうと思っています。それで万が一、新しいエネルギー政策が決まったとしても、そのシステムはきっとまた既得権益の集団になるんだと思いますが、それはまた別の話。ぼく個人としては「今までうやむやの中で使い続けてきた原子力発電を、本当にこれからも自分たちは選択するのか」という選択肢を国民レベルで決めるタイミングなのだろうと東日本大震災以来の動きを理解しています。


デモに参加した子どもたちの三人三様。終了後にドリンク一気飲みする息子/帰宅後にガツガツ日記を書く長女/終了と同時に爆睡する末っ子