
七月一日、奈良堂にて。
黒いTシャツ姿で清水さん登場。
稲田 あ、どうも。
清水 遅くなってすみません。
稲田 いえいえ、お忙しいところに申し訳ないです。あれ、上半身がかなり締まってきましたね。
清水 ああ、筋トレしてますからね。
稲田 うーむ、本気ですね。
清水 本気ですよー。今年の後半のことを考えると嫌な夢を見て朝の四時に跳び起きたりね。
稲田 えー、漫画みたい。
清水 ほんと、漫画みたいですよ。
―これからしばらく、今年の後半の活動についての話題になりますが、それはまた別の話。
でも、個人的にもとても楽しみです。

稲田 今日はですね、清水さんがネオンホールをいかに始めるにいたったかという話をお聞きしたくて。
清水 はい。ええ。
稲田 いま、長野市善光寺の門前界隈は古い家屋を活用した方法論がとても活性化していますよね。
人が住むところとしても、お店を開くところとしても。
ボンクラや1166バックパッカーズ、マゼコゼ、FLAT FILEがこの二年でぞくぞくとスタートし、
今年の六、七月はBook &Cafe ひふみよ、遊歴書房、チャンネルブックスと三店も本屋が開店となった。
で、ぼくは傍観者に過ぎないんだけど、
「これはいったい何なんだ」と驚いたんです。素直に。
清水 はい。
稲田 いま目の前で起こっている「門前の動き」について、
何が起こっているのかということがぼくには捉えられない。
興味は湧いてきたんです。でも捉え方が分からない。そもそも方法論を持ってない。
そんなときに、「あ、清水さんの視点を借りて観ればいいんだ」って気づいたんです。
一方的ですけど。
清水 はい(苦笑)
稲田 清水さんはネオンホールというライブハウスを二十年ほど続けていて、
編集室兼喫茶店兼ギャラリーのナノグラフィカも十年近くやってられますよね。
共に使われてなかった長野市の家屋を利用して。
また、自分たちの街をテーマにした『街並み』という冊子もあって、
自分たちが住んでいる街を基点にした活動をずーっと続けている。
しかも活動と暮らしがマッチングしていて、門前界隈の方たちと暮らしに根づいた
近しいおつきあいも重ねている。
清水さんと出会ったときには「清水さんってそういう人なんだ」と思っていたんだけど、
今の門前の動きに興味を持つと、いったい清水さんはどんな考えで、
どんな流れでこうなったんだろうって知りたくなったんです。
清水 ええ。
稲田 前置きが長くなりましたが、清水さんが長野に来てから過ごした
この二十年を聞かせてもらうことで、長野の門前の今を見る視点が
一つ得られるんじゃないかとそう思っているんです。
あと、本心をいうと清水さんが過ごした二十年に
個人的にとても興味があるんです。
清水さんは奈良の出身でいいんですよね?
清水 ええ。奈良といっても文化的にはほぼ大阪って感じでしたが。
稲田 いつから音楽って好きになったの?
清水 うーん、変な道に入ったのは中学くらいからかなあ。
レコード屋にある中でちょっと(主流と)外れたレコードを探して何件もハシゴしたりとか。
地方都市だし、今ほどマニアックな時代じゃないから
見つけられるレコードも高が知れてるんだけどね。
稲田 普通さ、音楽を好きになるきっかけってあるじゃん。
お兄ちゃんの影響とか...
清水 だからぼくがその兄ちゃんだった(笑)。長男だし。
弟にいっぱい聴かせた。
稲田 あ、そうなんだ(笑)。楽器もそのころから始めてたの?
清水 高校一、二年くらいかな。
稲田 誰かに誘われたの?
清水 友達の兄貴が信大生で、帰ってくるとコード譜をくれるんですよ。
それで弾いてみようかなって。
稲田 もうそこから信大が(笑)。そのときはフォークギター?
清水 そうそう。それで高校でバンドを始めて。軽音とかは入ってなかったんだけど。
漫研で部長だったんだけど。
稲田 え? 高校で漫研があるの? めずらしいね。
清水 そうかな? オタクっぽくはなかったけど。同人誌とかも出してたよ。
ガロとか好きだったんで、難解な漫画を描きたくて。描いては途中で止めたりしてた。
稲田 えー、その頃からそういうの好きだったんだ。
清水 絵は中学の頃から好きで描いてたんですよ。
でも、中学の頃ってそういうの馬鹿にされるからさ。
稲田 うんうん。そういう仲間がいないもんね。
清水 一人だけそういう話ができるやつが、信大に行った人の弟で親友だった。
彼は小説を書いていて。
ぼくとはタイプが違うけどすごく仲が良くて絵を見せたりしてた。
それで高校に入って漫研があることを知って、「人前で絵を描いていいんだ!」って。
稲田 おお。うれしいよね。
清水 先輩たち同人誌出してるよーって。
本を作って人に見せるって発想は無かったと思って。
稲田 楽しかった?
清水 楽しかったよ。グループ誌みたいの作って学祭で売ったりして。
稲田 ふーん。そういえば、さっきの友達のお兄ちゃんってどんな譜面をくれたりしたの?
清水 信大の
稲田 信大の!?
清水 信大の人が作ったフォークソングみたいなやつ。
オリジナル歌集みたいなやつ。
稲田 プロのじゃないんだ!(驚)
清水 あ、歌える歌としてはチューリップとか好きだったよ。
稲田 その頃でも古いよね。
清水 古い古い。古いものとして好きだった。
高校当時のチューリップはもうシンガーソングライターになっていたけど
そんなに好きじゃなくて、七十年代前半のチューリップが好きだった。
稲田 自分でもそういうの演奏しつつ、信大生のもやったってこと?
清水 ううん。信大生の方が先だったし、メインだった。
チューリップはサブって感じ。
稲田 メインなんだ! 楽しかったですか? 信大の歌?
清水 すごいいっぱい歌があるんですよ。ニューミュージックみたいなやつが。
松本がテーマになっている歌も多くて。それがすごく好きだった。
その頃からそういうミュージックに興味があったのかもしれない。
稲田 ふーん。
清水 ある一部の人しか知らないことを、ある一部の人が歌うってことにけっこう感動して。
『松電バス賛歌』とかあるんですよ。
稲田 (笑)
清水 松本のことって知らないのに、それを聴いて、
そういう行為ってすごくいいなー美しいな―って思って。
稲田 渋い高校生ですねー。
清水 まだ見ぬ松本に憧れて。
松本が好きっていうよりも、歌に歌われている町が好きで。
稲田 (笑)。それで信大を受けようってなったんですか?
清水 なったなった。完全になった。
(ロングインタビュー 信大からネオンホール編 つづく)
ボンクラ
長野市善光寺門前の蔵を自分たちの手で再生し、オフィスや店舗として活用している集団。
メンバーは建築士・編集者・デザイナーたち。
深遠な考えをもって活動しているようにも見えるし、
面白いじゃんという思いで動いているようにも見える不思議な団体。
1166バックパッカーズ
いまや何年も前から開店しているかのような存在感をもつ長野市西町のゲストハウス。
しかしまだオープン一年なのだ。
善光寺に訪れる外国からのバックパッカーたちのニーズにみごと応えた(と思う)。
宿なのにさまざまな人が訪れては(宿泊客にあらず)酒を飲み語り合う不思議な場所となっている。
マゼコゼ
長野市長門町の古い蔵を活用してカフェMAZEKOZEをオープン。
ここの二階は蔵ならではのやさしい光と影の折り合いがとても気持ちいい。好きです。
RIKI-TRIBAL(リキトバル)という屋号で美術全般のお仕事やカフェ経営を御夫婦でされている。
ぼくはここの『マゼコゼ日記』というブログの熱心なファンである。好きです。
FLAT FILE
長野市桜枝町の古民家を活用してポスターのセレクトショップ、額縁のオーダーメイド、ギャラリーを経営されている。
同店でオーダーした額縁を持っている友人はぼくのまわりに多い。実はうらやましい。
とっても気になるお店なのですが、お噂だけでまだ行けてないのです。行きたい。
Book &Cafe ひふみよ
長野市三輪の元酒屋をこつこつリニューアルして2011年6月にオープンした古本&カフェ。
一階が古本屋、二階がカフェになっていて、お茶と一緒にゆっくり本が読める。
二階の大きな窓と、卓袱台&畳のカフェスペースの居心地の良さは素晴らしい。
ぼくは二階で店主と飲み会をした際に朝まで熟睡してしまい、慌てて帰宅したことがある。
しかし、この店名は秀逸。
遊歴書房
ボンクラのオフィスがある古い蔵でオープンした古書店。
方位磁石を彷彿させる店の作りと本棚。骨太な本のセレクト。
四面を天井一杯まで本棚で取り囲むのは本読みたち共通の夢だろう。うっとりしてしまいます。
同店のテーマソングをオープニングにお披露目した安斎くんも
やはり門前の古い家屋に気持ちよく手を入れて住んでいる。
ch.books
長野市南県町の元カメラ屋をリニューアルして2011年7月にオープンした本屋&編集室&デザイン室。
一階が本屋、二階が仕事部屋となっている。
一階ではアートと旅をテーマにした本をセレクト。グレゴリ青山が好きなようだ。
(と書いたら、グレゴリ青山はもう二冊売れて残り二冊だから修正求むと連絡が来た。素早い。あと二冊だそうです。ちなみに売れた二冊はぼくが買いました。面白かったです)
奇しくも同店のメンバー全員がぼくの前職の同僚だった。
オープニングパーティには行けなかったのだが、
用意された酒の量が尋常ではなかったという評判を残した。
ネオンホール
清水さんが信大生時代に友人たちと立ち上げた長野市権堂の小劇場かつライブハウス。
来年二十周年を迎える。
『信大からネオンホール編』では如何にネオンホールを始めたかの話になる、はず。
ナノグラフィカ
清水さんとタマちゃんたちが立ち上げた長野市西ノ門町の編集室兼喫茶店兼ギャラリー。
来年十周年を迎える。
次章の『ネオンホールからナノグラフィカ編』で如何にナノグラフィカを始めたかの話になる、はず。
独特の存在感を発した企画・発行物を実現しつつ、西ノ門町の住人としてみごとに溶け込んでいる。
タマちゃんがナノグラフィカで自宅出産した福太郎(元気な五歳児)が
これからどんな人間になるか個人的に楽しみ。
『街並み』
2005年から編集発行し続けているナノグラフィカの小冊子。
カラー40P、モノクロ8P。現在で41号に至る。
息の長いファンも多く、1166バックパッカーズでは外国の方も興味深く手に取られるそう。
「どうしてこんな色で写真が撮れるんだろう?」と不思議がる外国の方もいたそうな。
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